下松(くだまつ)市の地名のおこり

推古天皇(摂政:聖徳太子)の時代、当地青柳の浦の松の樹に北辰天皇の精が降って七日七夜輝き、百済の国(現在の韓国の扶余)の琳聖太子(大内氏の始祖)の渡来を予告したという伝説から、降松(くだまつ)→下松(くだまつ)と呼ぶようになったと伝えられている。他に、百済の国との交易の地であったので百済津(くだらつ)が訛って「くだまつ」になったという説がある。

笠戸島の地名のおこり

神功皇后が九州へ西下の途中、この島のある浦に一夜の宿をおとりになった。翌朝、あまりの景色の美しさに、宿の戸口に笠をかけられたままご出発なされた。以来、この島「笠戸」と呼ぶようになったと伝えられている。

 

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