美について 美しい人 981101

美について考えるとき、その対象が何であるかを明確にする必要があります。自然の美、動植物の美、芸術の美、今朝使ったコーヒーカップの美。感じて、考えて、語る対象となる美は多くあります。

美徳、美談、美味、美酒、絶対的な価値観としての美があるようで実は非常に曖昧なもののようです。知覚、感覚、情感を刺激した結果としての美に時間と空間を超えた絶対的なものがあるのでしょうか。

まずは、人の美について考えてみます。美人は好きですが、私の経験では好きな人は美人であると感じます。本当は美しい人と好きな人は違うんですがこれを混同してしまう人がほとんどです。「美しい/醜い」と同一場面で使われる言葉に「きれい/汚い」と「好き/嫌い」があります。「好き/嫌い」は個人的な利害関係が伴いますが、「美しい/醜い」「きれい/汚い」は、ある程度の基準があるように思います。

日本を代表する絶世の美人で平安前期の六歌仙、三十六歌仙のひとり小野小町も、エジプトのクレオパトラも、中国の楊貴妃も、今の私にとっては、たぶん容姿の面で美しいとは思わないでしょう。時代と置かれている環境の違いです。彼女たちが美人だと評価されたのは文化がベースにありますが、一方、ギリシャ彫刻の肉体の美しさは今も通じるものがあります。それは鍛えられた肉体に共通するものです。

精神面の美しさを論じている人は、最終的に自己の肉体の美を求めます。精神面について論ずることは心理学者か宗教家に任せるとして、私の得意とするところではありませんので鍛えられた肉体美=共感できる美について考えていきたいと思います。